Tuesday, February 27, 2007

東京オリンピック

■世界平和ってなんだろう??

1964年に日本で初めてオリンピックが開催された。
第二次世界大戦は原子爆弾2発の投下という悲惨な結果で幕を閉じた。復興に向けて歩みだした日本に大きな影響を及ぼしたのが、この東京オリンピックだったろうと思う。
当時沖縄はまだアメリカ合衆国の支配下にあり、物も今と比べたなら決して十分とは言えなかった時代に、東京は猛烈にインフラの整備に追われたという。その中で、特別な思いを持ってこの東京オリンピックの準備に勤めたのが、田畑政治さんであった。彼はなんとしても、聖火リレーのアンカーを広島出身のランナーにしたかったのだそうである。アメリカに悪印象を抱かせる恐れがあるとする強い批判のなかで、彼が言い放った言葉がこれだ。

「アメリカにおもねるために、原爆被害を口にしえないものは、世界平和に目を背ける卑怯者だ。」

東京オリンピックの聖火は46日間、アジアの国々をめぐりめぐって、およそ10万人によって受け継がれた。アンカーは広島出身の坂井ヨシノリ選手。彼は原爆投下のその日から19年後に広島で生まれた。こうして、昭和39年10月10日3時9分50秒、聖火はともされたのだという。出場国数、94カ国5500人が参加した東京オリンピックは、世界初、カラーで世界中の10億人衛星放送で見守られた。

海外のメディアはこう報道したという。
「日本は武器を下ろして、平和への道を歩み始めた。」

しかし、この時国交が無かった中国、朝鮮半島を聖火リレーで回ることはできなかった。2008年に開催予定である北京オリンピックは田畑さん、たっての願いでもあった。田畑さんは「政治的な壁を越えた交流が世界平和には不可欠である。」という言葉を残している。この言葉は、他でもない私たちに向けられているのだと、私は確信している。



■日本の核武装

最近、アメリカ、中国、韓国、北朝鮮、日本、ロシアによる六カ国協議が行われたが、北朝鮮の核実験を防ぐ目的ではじめた六カ国協議を、北朝鮮が実験を強行した後も続けようというのだから、国際社会の手詰まりは明らかだ。国連安保理の経済制裁決議に賛成した中国、韓国の姿勢は早くも怪しくなっている。北朝鮮の核実験は、長年タブーだった日本の核武装論議に火をつけた。日米安保理条約は米国が日本の核武装を「ビンの蓋」のように抑えているという説があるが、北朝鮮がその蓋を開けるのかも知れない。

肝心の米国も中間選挙で敗北を喫したブッシュ大統領がシンガポールでの演説で、北の「核廃絶」よりも「拡散防止」を重視する立場を打ち出している。北朝鮮の核保有がなし崩しに既成事実化してきそうな趨勢だ。

軍事専門家は北の核実験が計画通りに行かなかったが、失敗の原因だった起爆装置については過去何度も実験に成功しており、北が現在10個程度の核爆弾を保有していることは間違いないと見ている。

北は既に日本全土に届くノドンミサイルを持っているので、ミサイルに搭載するための核を小型化できれば、即日本への直接の脅威となる。高度な工業技術を要する小型化など今の北には不可能をいう見方もあるが、小型化は時間の問題、時間は将軍様に有利だという専門家もいる。

一方、06年7月のミサイル実験ではアラスカからカリフォルニアまで届くテポドン2の実験は失敗しており、米国は北からの直接の脅威を感じる必要は無い。米国の懸念は、大間のトロや松坂牛などが、手に入らなくなった将軍様が、核技術・物質をアルカイダなどに売り払うことのほうにある。

中国もロシアも韓国も、まさか北から攻撃されるなどとは思っていない。1960年代、金日成が米国への核攻撃を夢見て着手した核兵器開発は、いま拉致問題を抱え最も厳しい制裁措置をとる日本だけがまともな標的になろうとしている。

戦後60年、平和に慣れきった日本が初めて安全保障を脅かされる事態に直面したのである。果たして米国の「核の傘」が抑止力として本当に有効なのか、真剣に吟味してみるのは当然のことだろう。

「日本の核武装」の中心論客である中西輝政政京大学大学院教授の見立てでも、独自の開発には10年はかかるというのだから、今の危機に間に合うものではない。今は北の核弾頭小型化の努力と日米安保体制に基づくPAC3(地対空誘導弾パトリオット)の国内配備のどちらが早いかという競争だ。

だが、BDM(弾道ミサイル防衛)システムでは、宇宙から猛スピードで落ちてくる敵ミサイルを完全に防ぐのは困難だという。コンドリーザ・ライス国務長官が日本へ来て「米国の核の傘は万全だ」と保証したが、裏を返せば「日本は独自に核武装を考えるべきではない」という意味でもあった。

しかし、2年後の大統領選挙で、民主党が勝ったらどうなるか?クリントン大統領時代、モンデール駐日大使は尖閣列島は安保の対象ではないと言っている。米国の対日公約は状況によっていくらでも変わるのである。                    
                                福沢亜夫 「日本の核武装」論議より

■戦争を知らないこどもたち

第二次世界大戦の後に生まれた世代を「戦争を知らない子供たち」と呼んだが、その世代がもう引退し始める。一方、今年成人式を迎える青年たちが生まれたのは1980年代後半だから、彼らは東西対立や、共産主義と資本主義諸国が対立していた時代の記憶はほとんどない。いわば冷戦を知らない世代である。中略

それは仕方がないことだが、「日本は中国に軍隊を出して戦ったにしても、それははるか昔の二世代前のことで、何で私たちがせめられなければならないのか」と言われると、おやおやというだけでは済まされい。二代前の人のしたことでも、相手は日本が侵略してきて自分たちの祖父たちを殺したという記憶は、しっかりと胸に刻んでいるということを忘れてはいけない。中略

大多数の若い世代は歴史に無関心だ 中略

若い世代は戦争がなぜ起こり、拡大し、やめられなかったかというプロセスをもっと知るべきだと思う。また、平和がいい、戦争は嫌いだとムードとして感情的に言うだけではなく、戦争がどれほどの人を殺しているのか、国富を失わせているのか、環境を破壊しているかをしっかり認識しておく必要がある。

そして、日本がこの60年余り戦争をしなかったこと、一人も外国の人々を殺さなかったこと、核武装しなかったことが、この国の繁栄をもたらしただけでなく、国際社会で尊敬され、好意をもたれてきたという現実的な利益があったということを認識しなくてはならない。

このように考えると、自分の国の近代史の歴史をまなぶことは、他の国から言われなくても率先して自分たちから取り組まなければならない課題である。そして、私たち日本人が知るべきこと、考えることを、若い世代に伝えていくことは、きわめて重要である。

右だ左だとレッテルを貼られるのが嫌で、私も議論を避けがちだったが、もっとみんなが、多様な立場から考え、発言しなければならないのではなかろうか??
                               菅原眞理子 「戦争を知らない子供たち」より


今日は戦争と平和について考えてみました。
もっと知らなければ。
もっと考えなければ。
もっと行動しなければ。

強く思いました。日本人として、私はこれから、どうあるべきなのでしょう??

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